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東京地方裁判所 昭和34年(行)89号 判決

原告 野路信敬

被告 建設大臣

訴訟代理人 朝山崇

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は、昭和三三年一二月八日付で原告が申立てた訴願につき、同三四年三月二八日になした裁決を取消し、東京都知事が原告に対してなした同三三年一〇月八日付第一六三六号除却命令を取消せ。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、その請求原因として、

一、原告は昭和三三年六月三〇日東京都千代田区役所受付第七九四号をもつて、別紙目録記載の土地上に木造二階建トタン葺ラス下地セメントモルタル塗共同住宅一棟建坪一五坪九勺、二階一五坪九勺の建築確認申請をなし、同年七月五日確認せられた。但し、右建築確認申請は、当初建坪二七坪七合、二階二七坪七合として申請したのであるが、右の如く訂正させられたものである。

二、そうして、原告は右地上に別紙目録記載の建物を建築したところ、東京都知事は昭和三三年一〇月八日付33築指察発第一六三六号を以て、右建物が建築基準法第四四条第五五条第六二条に違反するとして、一階一一坪三合五勺一才、二階一一坪三合五勺一才、三階八坪二勺、合計三〇坪七合二勺二才の除却命令をなした。

原告は右除却命令に対し異議を申立てたところ、東京都建築審査会は同年一一月一一日口頭審査を開き、右異議申立を棄却した。そこで原告は同年一二月八日被告に対し訴願を申立てたが、同三四年三月二五日被告はこれを棄却した。

三、しかしながら、原告の右建物は旧建物を取毀して建築したものであり、新建物は旧建物の南側道路に面した土台と全く同じ位置に建築したものであり、旧建物は同法施行前によりその位置にあつたものである。

ところで、同法第四二条第二項の施行により、旧建物を改察するに当つては、その建物が同項の指定道路に接するときにおいては、旧建物の敷地を旧来の状況のまま使用することができず、指定道路の中心振分け二メートルの線まで道路敷地とみなされる結果、新建物の敷地は右道路境界線まで後退せねばならぬ結果となる。

そうすると、同法の施行により、その施行以前に比較して原告の財産の使用は不利益な立場に立たされることになるわけであるから、前記法条は憲法第二九条の規定に反した規定であり、このような違法な法令に基づく前記除却命令は違法であり取消されるべきであり、この命令を認容した被告の裁決もまた違法にして取消されるべきである。

旨陳述した。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求原因に対して原告の主張する事実関係は総て認めると述べ、かつ、被告の主張として左の通り陳述した。

一、原告はその主張の通りの建築確認を得たのにかかわらず、昭和三三年九月下旬頃その主張のとおりの建物を建築した。

右建物は、建築基準法にいう住居地城かつ準防火地域内にあるのに、その建坪面積二七坪三合七勺は、申請にかかる敷地面積二六坪七合一勺の一〇分の六に当る面積を一一坪三合五勺超過し(同法第五五条第二項違反)、かつ、三階建であのにかかわらず主要構造部が耐火構造でなく(同法第六二条第一項違反)、建物南側の道が同法第四二条第二項にいう指定道路の中心線から水平距離二メートルの道路境界線内に建物東端において七寸、同西端において一尺四寸、東西六七尺九寸(この面積一坪九合八勺)入つて建てられている(同法第四四条第一項違反。)

そこで、東京都知事は、右建蔽率違反の一一坪三合五勺に、右道路境界線内の一坪九合八勺を含めて、これが除却命令をなしたものである(従つて、右一一坪三合五勺のうち道路境界線内の一坪九合八勺を差引いた残部分の除却箇所の特定は原告の選択による)。

二、原告は建築基準法第四二条第二項が憲法第二九条に違反するというが、建築基準法第四二条第二項の規定は、いわゆる指定道路について、新築の場合はもとより、既存建築物の増改築等の場合においても、これを機会として終局的に所定の道路幅員を保たせることが、建物の敷地に関する防火、避難、衛生及び通行の安全のための最小限の要請であるところから、同法第一条の目的とする公共の福祉の増進に資するため所有権に加えられた合理的制約であつて、何ら憲法第二九条に違反する規定ではない。

従つて、原告の本訴請求は失当である。

旨陳述した。

原告訴訟代理人は、右被告主張の第一項の事実は全部認める旨述べた。

理由

一、原告がなした建築確認申請、これに対する建築確認、原告が新築した建物の敷地、その構造及び面積並びに建物の位置が原告主張の通りであること、右建物が建築基準法第四二条第二項の規定により道路の境界線とみなされる線より被告主張の通り道路に突き出ている点、及び右新築建物に対し東京都知事がその一部の除却命令をなし、これに対し原告が異議申立手続を経た後被告に対して訴願をしたが、これを棄却されたことは原告主張の通りであることは当事者間に争いない。

二、原告は、右新築建物の南側道路に面するところは、旧建物の土台と同じ位置にある(この点も当事者間に争いない。)にすぎないものであるのに、前記建築基準法の条項により、指定通路(新築建物南側の道路が同条項にいう指定された道路であることも当事者間に争いない。)の中心線から水平距離二メートルの線をその道路の境界線とみなされ、右道路とみなされる部分には、新しい建物を建築することができないとして、その部分の使用を制限することは、原告の財産の使用を不利益ならしめ、憲法第二九条に規定する財産権の不可侵の原則を破る違法なものであると主張する。

しかしながら、憲法第二九条第一項は財産権の不可侵性を規定するが、これも無制限なものでなく、その財産権の内容は公共の福祉に適合するよう法律で定め得ることは、同条第二項に規定されてある通りである。

そうして、建築基準法第四二条第二項の規定は、同法第四四条第一項第三条第二項と共に、現に建築物が立ち並んでいる道路のうち、必要なものについては、建物の増改築に当りこれを機会に同法第四二条第二項所定の二メートル道路幅員を確保させることが、建築物及びその敷地についての防火、避難、衛生及び通行の安全等のための最少限度の要請であるところから、公共の福祉の増進に資するために設けられた規定であり、前記憲法第二九条第二項の規定の趣旨に合致するものであり、前記建築基準法の法条により、原告の本件建物敷地に対する財産上の権利が一部制限される不利益を蒙るものであつても、これは前記の如く公共の福祉のために加えられた制約とみるべきであるから、右規定を以て憲法第二九条に違反するものとの主張は失当という外ない。

三、東京都知事のなした除却命令について、原告は右の主張の他には何らその違法を主張せず、その他右除却命令がこれを取消すべき違法性を包含していると認むべきものもないから、右除却命令は適法なものというべく、これを認容した被告の裁決もまた適法なものである。

よつて、右除却命令及び被告の裁決の取消を求める原告の請求は(本件は被告に対し東京都知事の処分の取消をも合せて求めているのでその点の問題があるがその判断は省略する)その理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 石井玄)

(別紙目録省略)

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